◎近況 カスバの女に学ぶ人生哲学

◎近況 カスバの女に学ぶ人生哲学

2014年07月24日発行

「現実のモノやコトは、一般にそうと思われている輪郭とはかなり違うことが多い」カルチャー領域、都市、海外などを日々、周遊している湯山玲子がお伝えする、今週のアンテナ、引っかかり報告。

>近況 カスバの女に学ぶ人生哲学

●バーのママというコミュニケーション覇者

「この人には敵わない」と私に思わせてくれる女は、世界広しといえどそうはいません。尊大だと言われるかもしれませんが、大体の種類の女は私が女なゆえに、想定内ということが多いのです。

言い換えれば、ほとんどの女性は、その女の「表現」のネタが私には透けて見える、つまりどういう思考、あるいは嗜好を持っているのかを、様々な経験から、見極めることができるということです。

けれどもカスバのオーナー「増田令子」の存在は、その「読み」がいい意味で外れました。彼女の営むバー「カスバ」は、数多の芸能人がお忍びで通っており、さらには世界レベルの有名ファッションブランドのデザイナーやハリウッドの映画関係者なども訪れる、いわばトップセレブ御用達の店です。そして以前このメルマガでも書いた、元サッカー日本代表・中田英寿さんと初めて出会ったのが、なにを隠そうこのカスバです。

渋谷の地下にあるただのちっぽけなこの店が、何故彼らに愛されるのか。それこそこの増田令子の底知れぬ才能に寄るものなのです。

●お客様はお客様

彼女のことについて話す前に、そもそもバーとは何なのか? 世の中には様々なバーがありますが、一流と言われるその種の店ではオーナーが、理想の酒場空間を作るために、言うなれば“客の選別”をしています。それが「お客様は神様」を掲げる居酒屋やレストランとの最大の違いであり、店の雰囲気に合った客が来るという一種のサロン的な色彩を強めているわけです。

実は外国でもこういった礼式を携えた店というのは多くはありません。そもそもバーのシステムが異なっていて、オーナーの入れ替わりが激しいなど、一人の人が店を守っていくという形での経営はけっこう稀なのです。

この間もベルリンに今話題のバーが出来て、人気だというので、行ってきたという現地の人間らそのスタイルを聞いたら。まんま、日本の頑固マスターがいるバーそのもの。いわゆる「敷居が高く、店のルールが厳然とある」システムが珍しがられているわけですね。

日本人、外国人に関わらずこういったバーに訪れた客というのは、自ずとその店の雰囲気やカラー、店主を見極め、自分の態度を律したふるまいをしなければなりません。それはつまりバーの高い敷居を跨ぎ、大人になるための修行ともいえるのです。

けれどもそういったバー文化は、酒が一般化した現代ではなくなりつつあります。お酒というのは、以前は家で飲む晩酌やあるいはサラリーマンたちがスナックに行って飲むものという感覚が強くありました。

けれどもいまや街の居酒屋は爆発的に増え、それこそサイゼリアなどのファミレスでも安い値段で注文できるなど、酒は誰でも楽しむことができるずっとカジュアルなものとなりました。

そんな中では、バーというのはもはやオールドスクール。もちろん残存している老舗のバーもたくさんありますが、気がつくと60歳以上の人たちがとぐろを巻く、恐ろしい(?) 場所となっていたりします。そんな状況であるからこそ、カルト的人気を誇るカスバの存在というのは一層目立っているわけです。

令子さんは20代前半の頃はディスコ大好きの遊び人で、その豊かな体験をもとりつくった彼女の店は、お客として本当に居心地がいい。私はカスバに行くといつもそれこそ彼女のホームパーティーに招かれたような感覚を覚えます。それはつまり“来店客”ではなく、“彼女の客”としてもてなされるということです。

中田英寿さんとカスバで出会ったときも、私と彼ははじめ別々で飲んでいたんですが、令子さんはほどよいタイミングで声を掛けてきてくれて、彼と引き合わせてくれました。そしてこの令子流の紹介作法こそ、私が脱帽した彼女の才なのです。

バーのオーナーでもお酒を飲んで自分で舞い上がっちゃう人ってけっこういて、人と引き合わせられる際も、私も油断しているとついやってしまうんですが、「この方、雑誌とかテレビに出て、なにやってるかわかんないけど面白い人だよ!」というような雑な紹介をされることが度々あります。

店全体を常に見渡して気を配り、時期を見計らって的確な紹介をしてくれるのです。その「的確」というのも、単なるプロフィールの正確さではなく、私が以前にちょっと言ったこともすべて覚えていて、その記憶と令子さん自身の人物評も踏まえ、互いに興味を持つような内容に編集して相手に伝えてくれるのです。それはもはや石ノ森章太郎のマンガ「ホテル」に出てくる絶対にお客を忘れないドアマンに匹敵する、常に優れたもてなしの能力ですよね。

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