(329)サッカー報道の自由度ランキングは、72位より下だ

(329)サッカー報道の自由度ランキングは、72位より下だ

2017年04月30日発行

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メールマガジン「杉山茂樹のたかがサッカー、されどサッカー。」
(329)サッカー報道の自由度ランキングは、72位より下だ

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 浦和のペトロビッチ監督が記者会見の席で、メディアの報道姿勢に苦言を呈した。結果にだけ目を向けるのではなく、内容を見て語って欲しい、と。

 ハリルホジッチも報道に、たびたび意見する監督だ。メディアがどんな伝え方をしているか、そのつどチェックしている様子で、それについて意見したり、切り返すようなコメントも吐いている。

 2人とも日本語の読み書きはできないはずなので、記事が勝手に目に飛び込んでくるわけではない。周囲のスタッフに調べさせているのだろう。そうした背景も、同時に明るみに出る。チェックするのはいいけれど、それを引き合いに出し、チクリと反論する姿は、いささか格好悪い。ともすると、許容範囲の狭い、懐の浅い人に見える。

 比較したくなるのは、同じ旧ユーゴ出身のオシムだ。かつて日本代表監督時代、こちらのインタビューにこう答えたものだ。

「(生まれ故郷である)サラエボの記者は、私をほぼ毎日、吊し上げようとした。なぜキミたち日本人は私に異を唱えないのか。私は侮辱されても全然構わない。それがキミたちの仕事ではないか。もっとも、批判されたからといって、こちらが簡単に意志を変えるつもりはないけれど」

 この発言から透けて見えるのは、自分自身に対する自信だ。ペトロビッチ、ハリルホジッチにはない余裕を感じる。

 そもそも、外国人監督にとって日本は余裕を保っていられる場所だ。基本的にうるさくない。試合後の会見を見れば一発でわかる。静かで穏やか。和やかでさえある。ペトロビッチやハリルホジッチが、メディアをチクりと腐しても、反論の声は、ほぼ一切挙がらない。

 日本と外国との一番の差。ピッチの上の話、サッカーそのものの話より、こちらの差の方がはるかに大きい。もちろん、プレイの高いレベルにも驚かされたが、メディアのレベルの違いはそれ以上。果たす役割そのものが違っていた。

 外国のメディアにあって、日本のメディアにないものは、なにより意見なのだ。日本にはそれが自由に言えないムードがある。サッカーは、感覚的な意見が飛び交うことが常識とされる、正解が見いだしにくいスポーツだ。にもかかわらず、意見が出なければ、この世界は沈黙する。サッカーというスポーツの魅力はあぶり出されない。日本のサッカーはそうした意味での面白みにまるで欠けている...

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