「バベル」「クラッシュ」「マグノリア」。共時的な映画の系譜を読み解く 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.460

「バベル」「クラッシュ」「マグノリア」。共時的な映画の系譜を読み解く 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.460

2017年08月07日発行

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佐々木俊尚の未来地図レポート     2017.8.7 Vol.460
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■特集

「バベル」「クラッシュ」「マグノリア」。共時的な映画の系譜を読み解く

〜〜過去との共時性と、他者への共鳴を考える(後編)

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 チェ・ゲバラの映画「エルネスト」から、キューバ革命の時代をノスタルジックな過去の記憶として置くのではなく、今もそこに生きて存在しているというような感覚として持つということの意味を書いてきました。



 前回、この感覚を共時性という言葉で説明しました。時間軸に沿って歴史的にものごとを見る「通時性」に対して、共時性はすべてのできごとを同時代的に見て、同じ時間的地平の中に捉える。時間軸に沿って見るのではなく、時系列は無視して、ひとつの大きな空間的な広がりのなかでものを見るというイメージです。



 この共時性は中世的な感覚で、近代に入ってからは通時性に変化してきたというのが一般的な理解ですが、しかし前回の最後に書いたように共時性が21世紀に入って再びこの世界に復活してきているように私は捉えています。


 前回、「バベル」という映画を紹介しました。もうひとつ、米アカデミー賞作品賞を受賞した「クラッシュ」という2004年の映画にも言及してみましょう。クリスマス直前のロサンゼルスで起きた交通事故を起点にして、その36時間前からのできごとを並列的に描いた群像劇です。



 112分の長さの作品に、驚くほどたくさんの登場人物が出てきます。アンソニーとピーターという黒人二人組。この二人がリックとジーンという白人の夫妻の車を強奪します。リックは地方検事。白人警官のライアンとハンセンが、黒人のテレビディレクター、キャメロンと妻クリスティンが乗った車を職務質問し、人種差別的なライアン(マット・ディロンが好演しています)は、クリスティンにセクハラのような身体検査をし、屈辱を浴びせます。雑貨店を営むイラン人のファハドは、泥棒の被害にあい、店の鍵をつけ直そうとしますが、ヒスパニックの鍵の工事人、ダニエルと喧嘩になって鍵をつけられません。



 もうこうやって並べてるだけでも何が何だかわからないですよね。登場人物がだいたい出揃ったところで、それぞれの人物が別のところで少しずつ絡みはじめる。車泥棒のアンソニーとピーターが今度はキャメロンの車を盗もうとして、キャメロンに逆襲され、ところが駆けつけた警察はキャメロンを犯人だと思い込んでしまい、射殺されそうになる。そこに人種差別主義者ライアンの相棒のハンセンが現れて、ことなきを得る。



 黒人テレビディレクターの奥さん、クリスティンが交通事故にあって、車が転覆する。車に炎が近づいてあわや焼死しそうになるところに、彼女にセクハラを働いた警官ライアンが偶然居合わせ、彼女を助け出す。



 車泥棒のピーターがヒッチハイクしたら、その車は警官ハンセンのものだった。ところが車の中で口論になってしまい、ハンセンはピーターに発砲してしまう…。



 それぞれの登場人物は、唐突に出会ってその場で何らかの相互作用を起こし小さな物語を形作るのですが、それがこの映画の中で大きな一つの物語、全体のストーリーラインに集約されていくことはありません。偶然に出会って物語を作っては、また離れていく。その繰り返しでしかないのです。ただ全体としては、多民族国家アメリカの中でどのような人種的衝突があり、その衝突を乗り越える人もいれば乗り越えられない人もいて、しかしそこにさまざまな出会いや融和もあるということを描いています。

 
 映画『バベル』が、旧約聖書のバベルの塔のイメージで作品全体を覆っているとすれば、『クラッシュ』ではタイトル通りにクラッシュ(衝突)のイメージが全体を覆っているといえるでしょう。集約的なストーリーを持つのではなく、イメージやアイコンが作品を貫いているだけなのです。



 この「ストーリーではなく、アイコン的イメージ」をさらに強く打ち出していたのが、1999年のアメリカ映画『マグノリア』です。



 トム・クルーズ演じる自己啓発セミナーのカリスマとか、人気クイズ番組に出ている内気な天才少年、中年になって今は電気店で働いて...

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