今週は小川裕夫 第353号―――徳川将軍家による東京のまちづくり。16代将軍の都市政策とは?/ふるさと納税で考える、知事と地域振興のモデルケース、など

今週は小川裕夫 第353号―――徳川将軍家による東京のまちづくり。16代将軍の都市政策とは?/ふるさと納税で考える、知事と地域振興のモデルケース、など

2017年09月04日発行

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先週は小川裕夫 353号 2017年9月4日


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************ 目 次 ********
◇ 今週の取材
◇ 今週の雑事
◇ 今週の掲載情報
◇ 今週の購入本
◇ 今週の都道府県市町村
◇ 今週のテツ
◇ 今週の裏話

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◇ 今週の取材



 8月29日、東京・墨田区の江戸東京博物館で開催中の企画展“徳川将軍家へようこそ”に足を運ぶ。

 江戸東京博物館では定期的に徳川家が所蔵していたお宝を一般公開しているのだが、実はあまり徳川家ゆかりの宝物には興味はない。

 どちらかというと、徳川家を通して江戸・東京がどのようにつくられたのかが気になるので、テーマによっては足を運ぶ。

 家康が江戸に入府して以降、江戸は急速に発展していく。家康が江戸に来たのは、豊臣秀吉が北条氏を倒した1590年。

 それまでの三河・遠江から関東八州に領地替えさせられたことがきっかけだ。家康が江戸に拠点を定めたとき、東京湾は日比谷のあたりまで迫っていた。

 江戸に入府した家康は、すぐに埋立事業を開始。1600年頃には日比谷入り江は埋め立てられており、そこに武家屋敷などが並んだ。実に早い仕事だな、と思う。

 利根川の東遷も徳川家康主導で進められた。一大事業だった利根川東遷だったが、江戸に幕府を開き、将軍職を秀忠に譲ると家康は駿府に隠居。

 江戸づくりは秀忠に委ねられていった。秀忠が主に手掛けたのは、小さな運河を縦横無尽に張り巡らせたことだった。

 東京湾まで大型船で運ばれてきた荷物を小船に移し替え、その小船があちこちを回漕できなければ物流はストップする。

 そこで日本橋川などを新たにつくり、そこを小船が通る。秀忠時代にそうした小さな河川が、東京湾から江戸の中心地に向けてあちこちに築かれた。

◇ 今週の掲載情報



「ビジネスジャーナル」(サイゾー)
“森ビル、銀座襲来で東京開発の主役へ…元同系列・森トラストとの大戦争勃発”(取材・文)

「日刊サイゾー」(サイゾー)
過去の技術から劇的進化した最新モデルへの転換は必然……関西電力がトロリーバスの廃止を決定”(コメント)

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