なぜ日本人はこれほどまでに「穢れ」を避けるようになったのか? 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.467

なぜ日本人はこれほどまでに「穢れ」を避けるようになったのか? 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.467

2017年09月25日発行

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佐々木俊尚の未来地図レポート     2017.9.25 Vol.467
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【今週のコンテンツ】

特集


なぜ日本人はこれほどまでに「穢れ」を避けるようになったのか?

〜〜政治学者原武史さんと「民主主義の行方」について対談した(前編)

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■特集


なぜ日本人はこれほどまでに「穢れ」を避けるようになったのか?

〜〜政治学者原武史さんと「民主主義の行方」について対談した(前編)
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 月刊誌『潮』の8月号で、政治学者の原武史さんと対談しました。タイトルは「政治の混迷と民主主義のゆくえ」。編集長の岩崎幸一郎さんはTwitterでこの対談を以下のように紹介してくれています。「日本社会の現状・深層を見事に捉えた、示唆に富んだ内容です。自分自身を謙虚に客観的に見つめることが、社会の分断を押し止める何よりの出発点となります。そしてそこが難関です」



 今回は、この対談の内容に沿って、戦後民主主義の再構築について論を展開していきたいと思います。



 原さんは政治学者として天皇家のことを研究した論文や書籍が多いのですが、その流れとはかなり異なる「滝山コミューン一九七四」という本を2008年に出されています。この本は第30回講談社ノンフィクション賞を受賞して、当時たいへん評判になりました。Kindle版も出ています。



◆「滝山コミューン一九七四」 (講談社文庫)
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 書籍の紹介コピーはこんな感じです。



 ”東京都下の団地の日常の中で、一人の少年が苦悩しつづけた、自由と民主主義のテーマ。受験勉強と「みんな平等」のディレンマの中で、学校の現場で失われていったものとは何か?そして、戦後社会の虚像が生んだ理想と現実、社会そのものの意味とは何か?マンモス団地の小学校を舞台に静かに深く進行した戦後日本の大転換点。たった一人の少年だけが気づいた矛盾と欺瞞の事実が、30年を経て今、明かされる。著者渾身のドキュメンタリー。 ”


 要するに「民主教育」という名の下に、非常に抑圧的な学校運営が行われていたという原さんの子供時代の実体験を記したものです。「代表児童委員会」という児童の自主的な組織も結成されて、この子供たちが原さんに対して連合赤軍のような「総括」を求める場面なども出てきて、戦慄させられます。



 原さんは対談で、「あの本に書いた出来事は私のなかで小骨みたいにずっと引っかかっていました」「あれを突きつめていけば、戦後思想史の岩盤みたいなところにぶち当たるんじゃないかという予感があった」と話されていました。



 原さんは1962年生まれで、61年生まれの私とほぼ同世代です。なのでこの本に描かれた、小学校教育にまで左翼思想が持ち込まれていく息苦しさを僕も経験しています。思い出せば小学4年のときの担任の先生はかなり強い左翼的教師で、「北朝鮮の少年兵が命を投げ出してコミュニティを救う」みたいな話を副読本として読まされたりしました。そういう記憶があるので、『滝山コミューン一九七四』を読んで、「70年代という時代は、政治運動に対する帰属を求める意識が強烈にあったな」と、深く共感したのです。



 戦後民主主義というのは光り輝くものとされてきたのですが、実はそこに党派性のようなものがあったということはタブーになっていたんですよね。そこを暴き出したという意味で、この本は非常に重要だし、そもそも戦後の「革新」勢力とはなんだったのかということを議論するようになった先駆け的な議論だったのです。



 1990年代半ばくらいまでは、新聞では「市民」が絶対善として扱われ、批判など許されませんでした。反権力を標榜する「市民」こそが善で、権力はすべて悪であるというような一方的な言論が、ずっとまかり通っていたのです。



 とはいえ、もう少し歴史を遡って1968年の学生運動にまで行ってみると、市民運動の穏健化ということが起きています。学生運動は68年から69年にかけて最高潮に達しますが、70年に入ると退潮しました。そして72年に連合赤軍事件が起き、その後は中核派と革マルの内ゲバに代表されるように、暴力的な事件が頻発し、一気に社会の支持を失っていきます。



 そうやって新左...

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