なぜ私たちは過去を記憶するのだろうか? 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.482

なぜ私たちは過去を記憶するのだろうか? 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.482

2018年01月15日発行

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佐々木俊尚の未来地図レポート     2018.1.15 Vol.482
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【今週のコンテンツ】

特集
なぜ私たちは過去を記憶するのだろうか?

〜〜人間の記憶と意識と時間の関係を紐解く(前編)

未来地図キュレーション

未来地図ハック

2018年の初めに解説するわたしの「学習的」読書法(後編)

佐々木俊尚からひとこと

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■特集

なぜ私たちは過去を記憶するのだろうか?

〜〜人間の記憶と意識と時間の関係を紐解く(前編)
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 今回は、人間の記憶について考えてみたいと思います。



 人間は忘却から逃れるために、記録する技術を進歩させてきました。しかし同時に、忘却にも重要な役割があります。記憶と忘却のあいだにうまくバランスを取って来たところに、人間の脳と思考の強さがあるのです。脳科学者池谷裕二さんは、次のように述べています。



 「変容する環境の中で、生物が生きながらえるためには、過去の『記憶』を頼りに、さまざまな判断をくだしながら生活する必要があります。しかし、変化する環境の中で、まったく同じ状況は二度と来ないのがふつうです。ですから、記憶は、ほどよく柔軟であることがどうしても必要なのです。もし、記憶が厳密なものであったら、変化を続ける環境の中では、活用することのできない無用な知識になってしまいます」(『記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』講談社ブルーバックス)



 進化論的に下等な生物ほど、厳密な記憶の割合が多いといいます。ある程度は忘却し、曖昧な記憶を持つというのは、進化した生物の特権でもあるのです。



 この記憶と忘却のバランスが、インターネットの時代に入って崩れようとしているというのが、本メルマガで前にも紹介したことのあるデータ科学者、ヴィクター=マイヤー・ショーンベルガーの書籍『DELETE』(未邦訳)です。すべてがインターネットに記録されることの弊害について、4つのポイントを挙げています。



 第一に、忘却するということが人間の思考の構造の一部を担っているのだとすれば、ネットの外部記憶は人間の思考の土台を崩してしまうのではないか。


 第二に、「過去」と「現在」は同じ場所に存在することになる。過去のできごとを忘れ去るということがきなくなってしまう。


 第三に、わたしたちは忘却によって、抽象化や概念化といった思考能力を得ている。この論理的な思考が妨げられる。


 第四に、忘却し過去を美化する人間の記憶と、インターネットの外部記憶はつねに食い違う。そうすると、わたしたちがわたしたち自身の記憶を信頼できなくなってしまう。



 くわえて、インターネットという巨大な外部記憶はとても混沌としています。ウィキペディアでさえも、間違いがたくさんあると指摘されているぐらいですからね。だれかがだれかを誹謗中傷したコメントが、いつまでもネットの中で消えずに残っているような光景も、ひんぱんに目にします。ある個人について、インターネットで得られる情報がその人の正確な全体像とはとても言えないのです。


 グーグルの検索エンジンのが拾い集めてくる情報は、信頼度に基づいているのではなく、関連度に沿ってランキングされています。だから多くの人が「これは関連がある」と思った情報が検索結果の上位に来るのだけれど、その情報に信頼性があるかどうかは担保されていません。ただし、医療情報についてはグーグルは昨年末、「これからは信頼性に基づいてランキングする」と路線変更しました。Welq事件に代表されるように、あまりにもインチキな情報がネットにあふれ、しかもグーグルがそれらを検索結果上位に置いていたことに批判が殺到したからです。



 あるひとりの個人についてのネットの情報は、さまざまな側面が無秩序に集められ、時間の前後もはっきりせず、体系だってもいません。SNSへの投稿や写真、誰かからタグづけされた断片、誰かからの名指しの賞賛や非難、企業の公式サイトで紹介された従業員としての仕事ぶり、大学の卒業論文のタイトル、高校の部活動の記録。これらをショーンベルガーは「デジタルコラージュ」と名付けました。単なる寄せ集めでしかないということですね。これは個人の統一された全体像とはとても言えないのですが、そういうデジタルコラージュがわたしたちを...

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